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結局店を訪れる頻度はいくらか減ったにしろ、今までと同じような感覚で通った。店員の対応も変わりなく、不明瞭と多少でも疑らせる会計は一回もなかった。やはり勘違いだったと思いたいしそう信じている。
 ただ、経営が上手くいっていないのではないかとの予想は間違ってなかったらしく、数カ月後には暖簾が取り外され、いつもならば夜になると表の通りまでを照らす明かりは落とされていた。ちょっと気になってガラス戸の格子[コウシ]の隙間から薄暗い店内を覗いてみたところ、テーブルは撤去され閑散としていた。父に経営者のおばさんや板前の男性はどこに行ったのか聴くと、なんとなく答えは予想していたがやはり、分からないなと意外にそっけない一言。

 ここ最近では外で酒を飲む機会はほとんどなくなった。私の財布は常に緊縮財政を強いられているデフォルト寸前の状態でもあり、そもそも、一人で居酒屋に行くことなど面白くもない、というか気が乗らないのだ。
 世間の狭さ、世情[セジョウ]の面倒を身を以て知る大人の頃合いにでもなったら、ときに一人酒も結構じゃないかと言う人もいるかもしれない。まあ理解出来ないわけではないのだが、その場合は行きつけの店が必要なのだとどうしても思ってしまう。さすがにチェーン店に一人で行って、あの妙に明るく騒がしい雰囲気の中でしんみりやるのは無理がある。
 つまり、結局は行きつけが無くなったのだから仕方がない。行き当たりばったりで個人経営の飲み屋の暖簾をくぐっても自分の肌に合うかどうか、懐を痛めてまでして冒険をする気にもなれないのだ。実際には以前に何回か挑戦して、二度とその敷居を跨ぐことはないとの誓いを立てたほうが圧倒的だったという、連戦連敗続きのさめざめとした現実ばかりだった。

 結局部屋で飲む酒は安上がりで、便器に向かって涙混じりに鼻水を垂らして嗚咽を挙げることもない。そして、飽きもせず紡がれる代わり映えのしない昔語りにスルメを噛みながら適当に頷いていたはずが、時々はこれからどう生きて行くつもりかなどと言葉尻[コトバジリ]は落ち着いた調子でありながら、寸前までの軽々しい酔いはどこへやらと、素面か完全に据[スワ]わっているが故のものか、判断し難い視線は目の前のボンクラが如き私に真っ直ぐ注がれ――そんなじわりとした一撃を唐突に喰らわされることもない。
 やんぬるかな、口元へ持っていったジョッキが迷いを現すかに一旦動きを止める。数秒後には答えの代わりに何やら唸ってみせながら、アルコールで口の端を汚して曖昧に笑ってみせては、少しばかりの自己嫌悪と根拠のない決意。

 しっくりした居心地の場所を失い、現在思い返してみればあの時期から彼らとの関係は知らず知らず薄まっていった。それこそ私にあっては人生のいちいちの場面のつまらない要請と、逃れがたい惰性を重ねる年々[トシドシ]のうちに気づかぬほどに紛れ、あるいは溶けて。

 人生では何もかも失われる。死ねば全てが失われる。いや、冷凍保存のような生きた軌跡がどこかに残るのだろうか。他人のことは分からないが、やはり、私はそんなものに当てはまる価値は持ち合わせていない、としか思わない。
 ――まずは、だけどまず一杯、弱さと醜さを忘れ、過ぎ去った日々と日々の囚われを頭から一時でも追い遣るためにも、あぁ、だからさ、そのために、……いやとりあえず酒が呑みたいんだ。そう、あと美味いツマミが二品、あの一皿でもあったら。